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【New Writer!】“自由な”運動会

こんにちは!ティーンズなう ライターの高校1年生、おーびす です。

記事を書くのはこれで7回目でしょうか。ちょうど去年のこの時期に編集部記者の仲間入りをして、何だかんだで1年経ちました。たった1年間でも多くの人と出会いたくさんの輝く中高生の姿を見てきました。そんな方々からいろいろ吸収していくうちに、自分自身の成長も何となく感じ始めています。

はじめに

さて、「新しいティーンズなう」の第1弾ということで、簡単に自己紹介をしていきます。

普段は東京都内の私立高校(男子校!)に通っていて、部活(ボート)や学校行事(主に文化祭)には結構深く関わっています。登山とか旅行とか空手とか、趣味も色々あるので年中忙しいです。というより「暇」が嫌いなので自分から予定を詰め込んでしまっている感じです(笑)。

そんな中で、Facebook などの SNS、Web 検索、あとは学校内に貼ってあるポスターなどから情報収集をして、主に中高生向けのイベントの取材に月1回程度行っています。取材日以外は自分の暇なときにリサーチや記事執筆をするだけなので、時間的にツラいということはまずありません。結構自由なお仕事なんです。

▲競技用に使われるボートたち

“自由な”運動会

実は今回、自己紹介さえ書いてくれればあとは10代向けの内容なら何を書いても構わないって言われているんです。せっかくなので、僕の頭の中に引っかかっていることを1つ。

先日、僕が通う高校で毎年恒例の運動会が行われました。僕の高校では、運動会の企画・準備・当日の運営や競技のルール作成・審判・撮影までを全て生徒が行っており、自由な環境の中で生徒が自主的・自律的に行う運動会として知られています。

今年の運動会では、かなりイレギュラーな事態が多発しました。それは、「ルールの穴を突くような作戦が複数行われた」ということです。当然、相手の組からブーイングのようなものが起こったり、その作戦をめぐってSNSで論争が起こったりと、大きな波紋を広げました。運動会終了後、正式な討論会を含めて何回も話し合いが行われ、僕自身もこの件に関して様々な意見を耳にしました。その中で多かったのが、ルールの穴を詰めて今年のような事態を防ぐのが最善ではないかという意見です。単純明快で、かつ効果的な方法であるように思えます。しかし、生徒が自由に、自主的・自律的に行っている運動会においてこのような方針で進めていくことは果たして適切だといえるのでしょうか。

▲運動会の審判員が持つ分厚いルールブック

自由と責任

「自由には責任が伴う」ということばはよく知られていると思います。ここでの「責任」が何に対する責任なのかについては意見が分かれるところではありますが、僕は「自ら自由を守る努力をする責任」を指していると考えています。詳しく言うと、与えられた自由を守り、後世に引き継いでいくことこそが我々の負う責任であり、そしてその責任感は、ルールや規律によって半強制的に生まれてくるものではなく、自分自身の良心によって自然に生まれてくるべきものなのではないかということです。そして、良心によって自分の行動を自分の意思で律し、自由を守る、それが「自律」なのではないでしょうか。

これを先ほどの運動会の話に当てはめてみます。ルールの穴を突かれないように詰めていくというのは、上で述べたルールや規律を強めていくことになるため、僕の考えからすると真の意味での自由・自律には反しています。本当にそれらを重んじるなら、最も理想的な姿は「ルールが無くても競技ができる状態」。競技をする生徒それぞれが、競技の面白さを保つために、そして怪我を防ぐためにどのように競技を行えばよいのかを自分の良心に従って自分の頭で考え、ルールや審判員が存在しなくても自ら自分の行動を律することができる状態、それこそが自由を守る責任を果たし、真の意味での自由・自律を実現した状態なのではないでしょうか。

最後に

自分の学校で起きたことを書き連ねただけのように見えますが、実はこれは僕が取材対象としている中高生が集うイベントにも当てはまる話だと思います。中高生が主役となって自由な環境で行っているからこそ、他人に言われなくても参加者一人一人に「より良いイベントを目指そうとする意識」が自然と芽生え、行動に表れてくることが重要だと思っています。

※ここで述べたことはあくまで僕の私見ですので、「ふーん、そういう考え方もあるのか」くらいの感じで読んでいただけたら幸いです(笑)。